天上の海・掌中の星

    “翠の苑の迷宮の” @  〜闇夜に嗤わらう 漆黒の。U
 



          




 今年の梅雨はまったくもって只事ではなく、この何年かが空梅雨ぽかった埋め合わせでもしたいのかというほどに、降ったところでは集中してよく降ってくれており。川の氾濫は言うに及ばず、住宅街での地滑りやら、国道や線路へまで覆いかぶさる土砂崩れ、思いも拠らない落石などなど、洒落にならない土砂災害をあちこちで引き起こしてもいて。
「さすがにここいらでは、そういうのはあんまり影響しないんだがな。」
「そんでも立派に、梅雨らしい鬱陶しさを醸し出してやがんじゃねぇか。」
 お元気なルフィ坊やは学校でお勉強中だろうという昼ひなか。今日も今日とて雨催いだが、育ち盛りのお着替えをためる訳にもいかなくて。タオルや靴下、下着の類いは乾燥機でもかまわないが、トレーナーやTシャツ、Gパンに混紡の体操着などなどは、熱風乾燥で乾かすと縮んで形が崩れるかもしれないという用心から、どうしても部屋干しになってしまうらしく。風通しを考えての戸口やお廊下、鴨居の出っ張りがあるあちこちへ、小物用クリップハンガーとやらや骨だけの傘みたいなタオル干しやらがぶら下がっている、いかにも所帯臭いお宅へと。髪にも服へも滴1つつけない爽やかさでお目見えしたのは。緑頭の破邪殿とは天聖界仲間で相棒にして、北聖天巌宮の惣領・バラティエ家の跡取り息子、サンジェスト様じゃあございませんか。
「…いきなり説明臭いご紹介をどうも。」
 顎先まで引き降ろしたストレート、はちみつ色の金髪を易々と透かすほどの、そんなまで鋭い眼差しで…いかにも憎々しげに睨み降ろさないで下さいましな。そりゃまあこちらは妙齢のレディじゃありませんが、嘘はついてませんのに。ゼフ様んトコの若旦那には違いないでましょ?
「俺がムッとしたのは、こいつの“相棒扱い”なところへですよ。」
 こんな野暮ったい“力こぶ馬鹿”と一緒くたにされるのは御免です、と。すぐにも視線を和らげて下さり、小粋なスーツに包まれたかっちりとした肩を“やれやれ”と辟易気味にすくめて見せたものの。そんな小綺麗なお洋服にしわが寄るのを厭いもせず、手早く脱ぐとソファーの背もたれへと引っ掛かるようにぽいっと放り。早速にもキッチンへ向かうところなぞは、いかにも慣れちゃった感があり、
「今夜は煮魚の予定だかんな。」
 体育の授業がある日は履き替えも持ってく、学校指定の白い靴下を何足か。ピンチハンガーへすだれみたいに次々と吊るしつつ、冷蔵庫を開けたお仲間のお背
せなへと破邪さんが短い声をかけたれば、
「おうよ。」
 中腰になってのお見事な“蹲踞
そんきょ姿勢”を取ったのは、中に入ってた食材との“仕切り”にでも入ったか。こっちへは振り向きもしないでのお返事とそれから、
「甘辛い味付けにすんなら、ショウガもいいが梅干しも入れてみな。」
 それと あれば水あめもなんていう、ワンポイントアドバイスが返って来たりして。
「それはイワシの飴煮じゃなかったか?」
「煮魚ならどれにだって理屈は同じなんだよ。臭みが取れて味が締まるし、柔らかく煮上がる。水あめは みりんを入れるより照りも深みも出るしな。」
 まあ、カレイやタラなんていう淡白な白身魚だってんなら話は別で、そこまですると素材の風味が飛んじまうが? 今夜のはキンメダイだ。だったらどっちでも行けるかな?…なんていう、男の料理教室的な会話を交わし合い。後は豆ごはんの予定だと聞いて、それならばと、茹でたアスパラのぶつ切りにキュウリと角切りトマトとハムを少々。タマネギのみじん切りを加えてアクセントにしたフレンチドレッシングで和えて、サニーレタスを敷いたガラスのボウル鉢へ盛り付ける、グリーンサラダを帰りがけに作って下さったのは、もう少し後になってのお話。まずはと手掛けたのが、
「夕食の後にでも坊主に食わせな。」
と、牛乳と卵を取り出すとマンゴーの二層ババロアとハニーレモンのシャーベットをそれはそれは手際よくも作りながら、今日のご訪問の本題へと入った聖封様で。
「もう覚えてないなら ヤなことを思い出させる話になるが。」
 どっから持って来てどこに入れてらしたのやら。黄色いペリカンマンゴーじゃあない、皮が真っ赤でそりゃあ瑞々しいアップルマンゴーを半ダースほど、調理台の上へ取り出すと。それはてきぱきとした所作が機能美の域にまで達した麗しさを、まずはご披露して下さる。さすがにそこは男性というべきか、少しばかり大きな手でかなりな大きさのマンゴーを易々とその手の中へ、安定よく、且つソフトに構え。馴染みのいい愛用のペティナイフで、手品師のような さっさかという手際の善さにて、片っ端から実を半分に割っては皮を剥き。ババロアに混ぜ込む方、飾り付ける方、それぞれをボウルに捌いてゆく彼であり。一瞬たりとも考え考えという躊躇の挟まらない、流れるような作業であったが、だからと言って、話へも所作へも気を入れていない訳ではなく。ただ、聞いてる側のゾロは、のっけの一言のまとってた良からぬ気配へ顔を上げると、せっかくのナイフ捌きへの注意が逸れたようであったりし。そんな彼からの視線を察知したサンジが、ほのかに苦笑を浮かべつつ、
「まだまだ桜も咲いてなかった頃合いによ、妙な一件があったろが。」
 こちらでいちいち紹介してないだけで、このお二方、情報の刷り合わせにと大体週に1回くらいのペースで顔を合わせているし、地上世界で迷子になってる邪妖の、特に手ごわそうなのの暴走への対処にという緊急招集も、ほぼそれと同じほどのペースにてかけられている、結構お忙しい人たちであり。それでも…あの一件だけは、何とも奇妙で尻切れトンボっぽい結末だったせいもあってか、こんな曖昧な切り出し方でもちゃんと通じたようであり。
「あんの忌々しいチビすけの素性でも割れたのか?」
 こっちの陣営から持ち出しになった“奇跡”のお陰様で、こうやって過去の話として語っていられるものの。大小様々に手を焼く手合いとばかり相対している彼らには珍しくも、通り過ぎた今でもなお、根に持ったままでいる因縁の一件。あの時は…ルフィが“聖護翅翼”を大きく広げて、夜陰を切ってのひとっ飛びをして来てくれなかったなら、その身を陽体化されてしまってたゾロは、天空高くから地上へ向けて真っ逆さまに墜落し、為す術なく冷たい地面へ叩きつけられ、命を落としていたに違いなく。到底楽しいとは言えなかった体験までもをきっちり想起でもしたか、空になった洗濯物カゴを手に提げたままの破邪殿が、鬼でも射殺せそうなほど凶悪なお顔になったもんだから、
「…ババロアに呪いでもかかったらどうすんだ。」
 デザートが萎縮して不味くなるから、そういう顔はやめろよなと、袖をまくった腕の先、白い手でどうどうと窘めたサンジであり、
「〜〜〜〜〜。」
 こんなくっきり思い出せる自分にこそ、我に返ったらしきゾロもまた、それ以上の揮発性は何とか引っ込めて、さて。
「ナミさんが、お忙しい中あらゆる伝手を手繰って調べて下さったんだが。」
 卵を卵黄と卵白に分け、ゼラチンを水でふやかしながら、牛乳を温める。卵白は生クリームとそれぞれでホイップしておき、後で合わせて使うので一番最後。ババロアに混ぜ入れるマンゴーは少しほどは歯ごたえを楽しむため刻むだけに止め、残りはなめらかになるようミキサーにかけて…と、レシピも見ずの手慣れた流れ作業は、あまりに穏やかであるがゆえ、ずば抜けた手腕に映らないところがまた、小粋というのか小癪というのか。いやまあまあ、それはさておいて。
「まだ確証はないんだが、ああいう突飛なおチビさんたちが結束しているグループがあるらしくてな。」
「グループ?」
 何だそりゃと。実は子供たちの悪戯でしたと軽く扱っていいことなのか、それとも子供が子供らしからぬ暗躍を見せており、まったくもって世も末だ…ということなのか。断じかねてのこととして、ゾロが眉を寄せ直し、怪訝そうな顔をしたのへと、
「ナミさんが突き止めたのは、やっとのこと名前だけなんだがな。」
 こちらさんも、少々すっきりしないお顔になって言葉を返す。
「陽世界への次元跳躍をこなせて、しかも。ああまでデカかった陰体を、何の用意もないままのその場での咒の詠唱のみで“陽体変化”させられるほどもの、パワーなりテクなりの持ち主だってのに。破邪や聖封を目指してるよな顔触れでもないし、それなりの力が天使長様の間だとか天聖四宮それぞれの周縁なんかで話題になってる、天才児でも問題児でもない。」
 日輪の凄まじいパワーに満たされていることへの対抗策として、まずは“殻器”という物質ありきの物理的な陽世界である地上に比べ、苛烈な陽白の光とエナジーから我身を守るために鎧わなくていい分、存在の側の精気こそが満ち満ち、意識や思念、意志の力というものがより発達し。その結果なんだかそれとも、そういう世界だからそんな能力が発達したか。三次元プラス時空軸というものへも手出しの出来る存在が闊歩するのが、彼らが日頃の籍を置く天聖界を含めた“陰世界”。多層次界であるがゆえ、物の有り様や何やが陽世界とは根本的に大きく異なり。距離を辿れば遠いはずな場所へも一足飛びで移動が可能だったり、手だけをひょいと先回りさせて離れた場所の物を取り出せたりなんてことがこなせる人がいても、陽世界での体力にあたる“精気”の強い証しでありこそすれ、奇異な者という扱いを受けてはいない。但し、そんな陰世界から構成の全く異なる陽世界への行き来となると、そうそう容易にこなせるものではなく。
「資格がいるとか特殊な呪文が要るとかいうんじゃない。力と技術と体力と、それから勘というか感覚というか、そんな素養の持ち合わせが有るか無いか。そこまでの色々がなけりゃあ到底越えられやしない境目だし、越えられたっても後が保たない。だから、おいそれとは行き来なんて出来やしないもんだってのによ。」
 構成物が全く異なる次界同士であることから、陰体は殻器を持たない以上、日輪の光と灼熱からその身を保てない陽世界へはおいそれと飛び出せないし、陽体は殻に甘えての脆弱さから、それを持っては行けぬ陰世界に飛び込めば…精気を食らう存在にあっさりと餌食にされるか、はたまた自己というものを易々と見失い、精気の強い者に取り込まれるかするのがオチ。無論のこと、そんな行き来が容易にでもなったなら、それぞれの世界がそれぞれに安定している、その調和やバランスも乱されてしまうため、2つの世界は混然とし始めた瞬間から滅びを迎え、世界の初めの“混沌”に引き戻されるほどもの木っ端微塵に吹っ飛ばされる…だろうとされている。もしもそうなったら?という仮説が、学説めいた“憶測”でしかないのは、そんな崩壊がまずは起こらないとされているからで、境界を行き来するのが半端じゃなく困難なことであるがため。混然一体だった“混沌”から光と闇とが分離した時、よほどの力が暴発し、よほどの嵐でも吹き荒れたのか。2つの世界は隣り合わせにありながらも遥かに遠い場所同士と化した。その狭間には頑強な一枚壁が立ちはだかるというのではなく、複雑な“合
ごう”という封印障壁によって迷路のようになっている“境壁”が存在し、時空軸を移動出来る身の者でさえ容易には突き抜けられはしないのが現実。
「ビビちゃんあたりのクラスでやっと、天聖門をイメージ出来ることだってのに。」
 互いの世界への通過点。ある程度まで能力がある存在のみがそこへと至ることが出来、合の方からその鍵をほどいてくれるのに迎えられつつ、体組織を変換し、お隣りの世界への跳躍を可能とする出入り口のようなもの。そうでない行き来は、当事者のみならず周囲にも歪みを波及させる単なる暴走にすぎず、大概は物質変換に耐えられないまま正気を失い、意志も意識も蒸発した凶暴な存在と化してしまうため、例えば向こうから陽世界へと飛び込んでしまった者らは、暴走の度合いによってはこの彼らが成敗するしかなかったりするのだが。
「あのチビさんは、障壁越しに接近して来た気配がこっちでも分かったほどもの精気の持ち主で、しかも。」
「こっちの世界で囲ってた、あの夜気の塊の存在をやはり壁越しに察知もしていた。」
 お陰様で、単純だったはずのお仕事をとんでもないレベルの大惨事にしてくれやがってよと、生クリームを堅めにホイップという段階に入ってらした聖封さんのお手が、余計な力を帯びてしまったほどだったりしたが。問題はそこじゃあなくて、

  ――― それほどの存在が、
       どうして今まで誰の目にも触れずにいられたのだろうか。

 小さい頃から飛び抜けた力を発揮する子供がいたならば、まずは周辺の人々の口に上ろうし、それが飛び抜けていればいるほどに、大きな噂にもなるはずで。そんな噂はやがては…天聖四宮という天使長様が護りし“聖域”にまで、轟くなり秘やかに運ばれたりもするもの。特に厳しく人々を監督・統制している世界ではないながら、そんな優秀な人材には、早くからの英才教育をと構えると同時に、まだまだ未熟な心が物知らずであるがゆえの奔放さで、とんでもない一大事を引き起こしてしまわぬよう、様々なタブーを早い目に叩き込んでおく必要もあるからなのだが、
「ナミさんが調べた結果からは、奇妙なグループとその名前しか浮かばなかった。」
 天聖界にもあるらしき、裏社会、若しくは自由奔放という一応の建前の下に、非合法な気風が渦巻く“アンダーグラウンド”とやらに。やっとのことその尻尾を追えたというお話を伺ったのが、地上の暦で先々月のこと。他にも様々なお仕事を抱えておいででお忙しい、春と雨水を司りし天使長様なのでと、その後を引き継いでいるサンジであるらしく、
「CP9、サイファー・ポリス・9とかいう ふざけた名前のグループで、あん時のチビさんみたいにどっか飛び抜けたお子様たちが何人かで、チームの名として使ってる名前なんだと。」
 今時“少年探偵団”かよと、それこそ若い人には判りにくいサゲ方をした聖封さんが、それでも一応と調べてみたところによれば、
「咒力体力、ずば抜けてる小僧っ子たちってのは、普通だったら周囲の年長さんや大人たちに見初められ、筋がいいからと飛び級待遇にされて。それでもガッコとかサークルだとかん中に留め置かれるか、主立った天聖四宮のどれかへ奉公に出されての実務に、まずは見習いとして就くか。そういったカッコで、実力を伸ばす傍ら、大人たちの監視下におかれるもんなんだがな。」
 そこがまた、賢
はしっこい子供らだということか、
「誰ぞに指図されたり、頭を押さえられたりは御免だということか。そういった待遇を自分から蹴っ飛ばしての無頼漢とか自由人気取りで、勝手に集まって作ったってクチのグループらしくてな。」
 一体何人ほどいやがんのかも、何が目的の集まりなのかも一切不明。
「ただ、時々あん時みたいに、破邪や聖封の仕事を嗅ぎつけちゃあ掻き回してたって報告が、ボチボチと上がって来てたところでもあったらしくてな。」
 何せお子様だったから。あんなのに手玉に取られて良いように撹乱されましただとか、ましてや…任務がすんなりと片付かず手古摺らされましただとか、不本意極まりない報告をするのは癪だったのか。アクシデントあり…という程度の記述しかなされておらずでは、それが共通の存在による代物だとまで気づけずにいた彼らであっても仕方なく。
「…仕方なくねぇっての。」
 これだから、挫折を知らねぇエリートが選りにも選って現場で失敗するとよォと。やっぱり家柄の良いお坊っちゃまへ、投げやるような声をかけた破邪様へ、
「まあ、なんだ。相手の思惑っつーか、何かしらの思想なり目標・目的なりが有るのかどうかもまだ不明。」
「不明不明じゃあ、突き止めたって言えねんじゃねぇのか?」
 ごもっともな茶々を入れて下さる相棒様へ、ババロアの型にとラーメン用のどんぶり鉢を食器棚から降ろした聖封様、
「奴らが共通して口にしているフレーズが有ってな。」
 人の話は最後まで聞きなさいと、立てた人差し指をチッチッと振って見せ、

  「Mr.青キジっての、覚えてっか?」
  「………っ。」

 ハッとしたゾロが、その鋭角的な目元をますますのこと鋭く眇めたのは、
「そうだよな、お前が初めて瀕死の重傷負ったほど歯が立たなくって、しかも虚無海空間へ取り逃がした相手だもんな。」
「…俺一人の失策みてぇに言ってんじゃねぇよ。」
 お前だって満身創痍っていう散々な目に遭っとったろうがよと、恐持ての表情なままにて言い返し、
「あれ以来、天巌宮の御曹司が、なのに極寒の地への任務にゃ ぶうたれるようになったくせしやがって。」
「放っとけっての。」
 そんな格好にて彼らにも重々心当たりがあるらしき名前を、
「その“CP9”たらいうグループの面子らしきチビさんたちがな、目撃された現場現場で口にしてたのを漏れ聞いたって証言が出まくりでさ。」
 つか、そのくらいしか共通点がないんだ、今は。ババロアの材料を全て、小ぶりの洗面器くらいはあるどんぶり鉢へとそそぎ込み、表面を均すべく、とんとんと軽く、調理台の上で持ち上げちゃ落としをやってから、背後の冷蔵庫へ向き直るとそれを中へと収めた聖封様、

  「青キジはあれ以来姿を見ない。」

 背中を向けたままにて、ぽつりと、呟くようにそうと言い、
「本人はニヒリストだったから、野望だ何だ、腹に一物あっての隠遁とも思えねぇが。そんな名前をこんな形で耳にしちゃあ、やっぱ放ってもおけねぇしな。」
 ということは。聖封さんが、何かしらの調査を続行中であるということだろうか。
「それこそ、天聖四宮の担当者に任せときゃいいんじゃねぇのか?」
 何せ膨大な時間を過ごして来た彼らだし、天聖世界だからして。関わった事案事項の一通り、向こうの世界なりの整理がなされているだろし、精査や調べもの担当の部署だってある。追跡調査ならそういったところに任せとけばと言いたかったらしきゾロだったが、
「特Sクラスの極秘データだぜ? 天使長様直轄って立場でもないと、目を通すことさえ出来ねぇ。」
 だから、自分クラスが手ぇつけるしかあんめぇよと、そういう理屈なのだろう。くるりと振り返って来て、にんまり笑ったサンジであり、
「ま、こっちでの仕事に影響出さねぇようにせいぜい心得とっからよ。そっちは心配しなくていいぜ。」
「期待なんざしてねぇよ。」
 ややこしいことに手ぇ出しやがって、ご苦労さんなことだよなと。事案としてこそ関わりもあったはあったが、今はもう済んだこと扱いになっているらしいゾロが、全くの他人事としての言葉をかけて来たのへと、聖封殿、その胸の内にてこっそりと溜息をつく。実を言えば、ナミさんから得られた情報には続きがあって、

  『その坊やたちが追ってるらしい案件が気になるのよね。』
  『追ってるらしい案件?』
  『そ。それは大きな質量を持つ“名もなきもの”、
   仮の名をビッグ・トムって知ってる?』
  『あ、ええ。話だけなら。
   結構な生気だそうじゃないですか。しかも神出鬼没な。』
  『それを、その子たちってば捕まえるか御すか、したいらしくってね。』

 どういう目当てがあっての遠望なのやら…と。そこまで言って、それから。麗しの天使長様が、それは判りやすい溜息を一つおつきになったのは、

  『そんなことを目指してる子が、ルフィと接触したってのがね。
   何だか気になって気になってしょうがないのよ。』
  『………あ。』

 あの玄鳳の殻器として、過去から着々と用意されし特別な子供。人間界にてのはみ出しぶりは、多少霊感が強いかな程度のこととして、大したことはないままに落ち着きそうな気配であり。一番に懸念されていた陰世界関係からの問題の方でも、ドえらい騒ぎを幾つも乗り越えた末のこと、何とかなりそな流れに乗っかって来ている彼だというのにね。
“いつまで続く因縁なんだか。”
 それもこれも元はと言えば、天聖界の不始末の余波だと。重々自覚のある、上層部の皆様方にしてみれば、到底捨ててはおけない引っ掛かり。一番に事情が通じている面子が、陰ながらのフォローを続けるのが、一番にベストなんではなかろうかと構えたからこその、この運び。

  “…でもまあ。”

 何もあらためての護衛を増やさんでも、と。微妙なところで安心してもいる聖封様だったりもするのだが。只今現在はといえば、お洗濯用の籐のカゴを抱えた家政夫さんの恰好が板についてる彼だけど。あの坊やを護ることでなら、神を敵に回してでも絶対に屈しない鬼がいるから。

  「? どした?」

 妙に感慨深げな顔をするお仲間さんにこそ、怪訝そうなお顔になった緑頭の精悍なお兄さんへ、
「何でもないない。」
 やっぱ単純な奴だわなと、くくっと笑ったその青い眸が…キッチンカウンターの上、出しっ放しになってたパンフレットへと落ちる。
「何だ? こりゃ。ドラゴンメイデン・ファンタジーワールドの旅?」
「あ…ああ、それな。」
 窓の外にはこぬか雨がさあさあと降り続き、お話のお題目が楽しいものへと切り替わったお兄様がたのお声も、そんなカーテンの中にふんわりとくるみ込まれて…平生のリズムへと戻る。お隣りと接している庭先の茂みには、そちらから株分けしていただいた青いアジサイが、二年越しにてやっとの満開。もうちょっとしたら訪れるのだろう夏本番を前にして、可憐な瓊花
(たまばな)を揺らしておりまして。


   ――― 本当に、何事も起きなければいいのですが。








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  *相変わらず意味深なばっかでなかなか進まないお話ですが、
   頑張りますのでどうかお見捨てなく〜〜〜。